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マリヴォー劇の優雅と辛辣(1) リヴェットが読むマリヴォー

ところで、ジャック・リヴェット監督『彼女たちの舞台』(1988年)で練習上演されていたのはどんな芝居だったのだろう。彼女たちの舞台と生活が二重写しのような関係になっていると論じておきながら、その劇の原作にあたってみない手はないだろう。

映画の中で指導者コンスタンスが生徒にその演技では「マリヴォー」の感情を表現できていないと注意を与えている場面があることについてはすでに触れた。彼女たちが持っている文庫本が、2度、ほんの一瞬映されるが、ヴィデオを止めて確認すると、それはマリヴォー作『二重の不実 La double inconstance』だと知れる。
映画では彼女たちが舞台で練習している場面は全部で10ヶ所。映画全編を通して一つの劇を練習しているように見えるが、実はそのうちの7ヵ所だけが『二重の不実』からであって、残り3ヵ所はそうでない。コルネイユの名前をあげているのはジル・ドゥルーズだが、コルネイユのどの作品なのかは僕には特定できない。さらに、もう1ヶ所、入所テストを受けるために来た女性がラシーヌの『エステル』を演じる場面がある。

マリヴォー作『二重の不実』のあらすじは、こうだ。
狩の途中で農民の娘シルヴィヤに恋してしまった大公は、彼女を妃とするべく、彼女と相愛の許婚アルルカンともども、宮殿に拉致する。シルヴィヤとアルルカンの二人は、あらゆる快楽と名誉と物質的報酬を代償にその恋を諦めるように迫られるが二人は頑として受け入れない。しかし、虚栄心と欲望を言葉巧みにあやつり、二人を洗脳し、ついにはシルヴィヤには大公を、アルルカンには別の女を愛するように仕向けることに成功する。こうしてすべての登場人物は愛と満足を勝ち得て、舞台は幕を閉じる。
悲劇は常に死をもって終り、喜劇は常に幸福をもって終わる。だからこの作品は「喜劇」なのであるけれど、これは何と苦い「喜劇」であることだろう。

『彼女たちの舞台』は、このマリヴォー劇を最初からほぼ順を追って最後まで練習上演しているのだが、とりあげられた場面はすべて劇の断片であって、映画を通してこの劇の内容を理解することができるようにはなっていない。しかし、それら劇の断片は、断片であるがゆえにかえって彼女たちの日常と交差し、微妙なずれをもって重なりもし、反発もしながら戯れを繰り返す。

たとえば、恋人と新しい生活を始めたセシールが、アルルカンと離れ離れにされてしまったシルヴィヤを演じるとき。
「かわいそうなアルルカンは私に残してほしいの。私がご大層なお嬢様じゃないように、あの人もご大層な殿様じゃなし。似たもの同士でお金はないし、威張り屋でもない。粗末な小屋住まいの身だけれど、格好つけずに私を愛してくれる。私も同じこと。だからあの人に会えないと悲しくて死にたくなるの。ああ!かわいそうなアルルカン。どんな目にあったのかしら。今頃どうしてるかしら。どこかできっと悲歎に暮れてるわ。だってあんなに優しいんだもの!もしかすると誰かが酷い目に、、、」(第1幕第1景)。
と演じるセシールの目には悲しみの涙があふれ、声は嘆きで震える。このときセシールの恋人リュカはすでに書いたように犯罪者として、もしくは権力の不正を告発して警察に囚われていることがあとで明らかになる。セシールはシルヴィヤを演じているのではなくてここではシルヴィヤ自身なのだ。

セシールのこの「演技」に対して彼女たちの指導者コンスタンスは、「これは喜劇であって悲劇じゃないの。喜劇を悲劇のように演出するのが好きな演出家もいるけれど私は好きじゃない。」と口をはさむ。これは演劇的解釈に見えて、実は、男の扱いに慣れた年増女の、恋愛にうぶな若い女への助言をも含意しているのではないだろうか。これもあとで明らかになるのだけれど、コンスタンスはリュカとずっと以前から深い仲にあって、おそらくリュカはコンスタンスの愛人だったのだろうとは前回の記事で書いた。
コンスタンスはマリヴォー劇の登場人物と重なりあってはいないように見える。しかし恋人リュカの浮気にも係わらず、またその浮気相手セシールに嫉妬も起こさず、恋人を愛しつづけているのだから、彼女はまさにその名前から明らかなように、マリヴォー劇の題名・二重の「不実=アンコンスタンス」に対して、「変わらぬ愛=コンスタンス」を対置する人物として登場していると僕には思える。

『二重の不実』は、相愛の恋人たちをいかに巧妙に心変わりさせるかという優雅にして残酷な心理劇であるだけでない。実は、貴族の虚偽と傲慢を告発する表向き無知で粗野なアルルカンの爽快な弁舌も見所の一つなのだ。映画ではこのアルルカンの権力批判の場面は一つも採用されていない。しかし、セシール(とコンスタンス)の恋人リュカは犯罪者として警察に囚われながら司法権力の不正を告発しているのだから、彼は劇場の外でアルルカン役の一部を演じていると考えることもできるだろう。
by espritlibre | 2008-06-19 01:50 | L リヴェット | Trackback | Comments(0)
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